2016
12.23

自分とはいったい何者なのか、考えるより感じることによって自我を作る

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初めに、書きながら考えているので、支離滅裂なことを書いているかもしれませんが、ご了承ください。


 

「自分とはいったい何者なのか」こんなことを考えるようになったのは小学生の4年のころからだと思う。

それ以前の記憶が曖昧というのもあるが、自分を認識しだしたのがそれくらいだと思う。

そのころから夜は自分は何をしてるだと、不安で遅くまで寝れない日があった。

自分を自分たらしめるものは何か

所属・肩書によって自分を表す(属する)

最近よくそのころのことを思い出す。「自分は何者なのだろうか」と。

自分は何者かを説明するときによく出てくる1つ目が”肩書”だ。

 

肩書はその人が普段、何をしているかを伝えるのに手っ取り早いといえるだろう。

「株式会社ABC 部長 ○○です」と自己紹介をすればABC会社を知っていれば、「あ~あそこの会社の○○さんね」となる。

また、企業だけではなく団体でもいい。

どこどこのだれだれです。というだけで、相手にもわかりやすいが、自分も納得ができる。

 

自分が所属している会社や団体その他の愚痴を言う人は、自分自身を否定しているようなものだと思う。愚痴という形でなく、意見やアドバイスといった形でディスカッションしていけばいい方向に向かうのではないか。

少し話がそれましたが、戻します。

 

宗教もそれに近いものと言えるだろう。

キリスト教、仏教、他、様々な宗教がある。それは1つの教えを共有し同じ価値観の元生活していく。

 

ここで、大切なのは相手も”それ”を知っていることが大事ということ。

会社にしろ、株式会社ABCといったところで何をやっている会社なのか知らなかったら、相手にも伝わらない。

それは、自分自身にも言えることで株式会社ABCが何をやっている会社なのかちゃんと理解していないと名乗ったところでそこに自分はいないのだ。

自己表現によって自分を表す

自分という存在を音楽や絵といった表現によって示す場合がある。

これは、自分という存在をそこに価値を移そうとしている。

 

アーティストとデザイナーは違うのでそこは間違えないでほしい。

 

これは、どこに所属することもなく自己表現によって自分が何たるかを示している。

すごいと思う。

世界で認められるようなアーティストとそうでないアーティストは何が違うのか。

自分には分からない。

ただ、自己表現の一つと考えるのであれば東京ドームでやろうが路上でやろうが一緒だと思う。

 

自分という存在を自分で見つけていく作業はしんどいだろう。

我思う、ゆえに我あり(考える)

哲学者デカルトが自著『方法序説』の中で提唱した有名な命題である。

これは、自分という存在を否定したくなったとき、その否定しようとしているのもまた自分なのだということ。

自分とは何者かを考えるうえで、大事なことだ。

 

自分は体も弱く、成績もいいほうではなかった。

自分を責める時間も多かった。

ただ、これも自分なんだと認めることでなんとか生きてきた。

 

「だめな自分も自分なんだと」

 

認めることでしか、自分に説明ができない。

 

「何者か」という内容とはずれるかもしれないが考え方という点でこちらも紹介しておいた。

かわいい子には旅をさせよ

2年ほど前になるが初めて海外(NY)に行く機会があった。

自分は英語もしゃべれないし、ましてや初めての海外ということもあり、不安でいっぱいだった。

なんとかなるだろうと、ガイドブックも買わず行ったんですが、後悔しました。

まず、空港からホテルまでどうやって行ったらいいの分からなかったのです…。

なんとか駅員さんにジェスチャーで行先を伝え、お金を渡しチケットを買ってもらい、なんとか行けました。

 

現地調査ということで、3泊4日ほどいましたが、ご飯の買い方もわからず苦労しました。

 

この時、周りには自分を知っている人が1人もいないということ。

何かあっても、だれも自分を知らないということがとても不安でした。

 

ほんと短い間でしたが、経験できてよかったです。

言葉も通じない、周りには自分を知っている人は誰もいない中、生活をしようと思うと大変なんだろうなと思います。

 

ただ、自分は何者なんだというものを考えるうえで、そういった状況に自ら追い込むのも大事だな思います。

旅行と旅のちがい

自分が思うに旅行は”点”、旅は”線”ということだ。

 

どういうことかというと、旅行は普段生活している地を離れ、ひとときの地へ行くことだ。

観光地や温泉など、スポットスポットを楽しむものであって、非日常的な体験を得ることが目的。

そういった意味で旅行は”点”と考える。

 

では、旅はというと何ができるかわからないが自分で旅に意味づけをしていくことが旅の醍醐味だと思う。

旅は行く前から始まっている。移動手段、どうしてこの旅をするのか、いろんな思い、感情があるからこそ旅なのだと。それが線となる。自分だけの目的があるかが重要。

 

「かわいい子には旅をさせよ」とは昔の人もよく言ったものだと思う。

まとめ

まとめれるようになったら書きます。

 
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